愛剣を振り上げ、振り下ろす。


 たったそれだけの動作で、目の前の猪に似たモンスターは、息絶え、ただの肉塊へと姿を変えた。
 

 飛び散った血が俺の服と黒髪に降り注ぐ。
 

 剣をうまく扱えるようになると返り血を浴びずに相手を倒せるらしいが、俺にそんな高度な技術は無い。
 

 血生臭い匂いが充満する。もう慣れたことなので気にしないが、町についたら風呂に入りたい。ベトベトするのは苦手だし、モンスターの血はもっと強力なモンスターを呼ぶと聞いたことがある。
 

 それより、コイツは食べられるだろうか。
 

 もう三日もまともな食事をしていないので、目の前の肉塊がただの食い物にしか見えない。
 

 猪に似ているので当然味も猪なのだろうか、昔猪のステーキを食べた事があったがあれは美味しかった。猪汁も美味しそうだし、猪のリゾットも食べてみたい。考え出したら止まらず涎が垂れてきた。
 

 首を大きく振り、思考を止める。もう不用意にモンスターは食べない、『必見! 食べられるモンスター大百科!』を買ってからにしよう。でも高いんだよな、銀貨二枚だったか。
 

 理性が持たず、生のまま食らいついてしまわないうちに、早足でそこから立ち去る。
 

 それほど暑くはないのだが、太陽の日差しに奪われる水分の一滴も惜しく、なるべく日陰を歩く。
 

 『グゥウ』と何処からかおかしな音が鳴る、何処から鳴るかなんてわかっているのだが、考えると余計に腹が減るので無心に歩き続ける。
 

 『グウゥゥ』『グー』『グゥウゥゥ』
 

 いくら無心になろうと生理現象には対抗できないらしい。
 

 やっぱりさっきの肉食べておけばよかった。でも、少し前に食った仁王立ちする牛のようなモンスターには毒があったのだ。
 

 おかげで近くにあった教会で三日も熱にうなされながら寝込むことになった。
 

 そのせいで、前の町で皿洗いのバイトをして稼いだ旅費が教会への寄付でパーだ。
 

 大体、教会も教会だ、何が寄付だ。こっちが毒で苦しんでいるのを知っていて、わざと薬を高値で売りつけやがった。
 

 更に、その薬があまり効かないのだ。
 

 あれだけの値段のした薬なので、一日で完全復活を遂げると思っていたのに三日も教会で世話されることになった。
 

 当然、食費と宿代もとられた。
 

 寄付という態のいい形をとっているが、やっていることは悪徳商人とかわらないじゃないか。
 

 更に、人が熱で苦しんでいるというのに、毎日三回は必ずお祈りを強制された。
 

 巡り合わせへの感謝だとか、旅の安全のお祈りだとか、信仰を深めるありがたいお言葉だとか、そんなよくわからず役に立たないだろう事を毎日やらされた。
 

 しかも、だ。
 

 苦しんでいる人のために教会があると思っていたのだが、それは間違いらしい。だって、誰も看病に来てくれなかったのだ。普通シスターがつきっきりで看病してくれるものだろう。高い金払っているのだから、そのくらいのサービスはしてほしい。
 

 唯一、役に立ちそうな事は『人は罪深い生き物です。ですが、その罪を罰するのは人では無く神なのです。なのでこの人達を見たら是非教会へ連行していただきたい』などという話を聞かされながら凶悪犯罪者の写真を見せられた事だ。
 

 あれで大勢の賞金首の顔を覚えられた。俺の腕で倒せるわけないが、賞金首を見た場所を賞金稼ぎに教えるだけで多少は分け前を貰えることがあるのだ。
 

 風邪が治った時には一文無し。教会を出るときに貰ったものといえば水くらいだ。
 

 あと、シスターの笑顔。
 

 そんなに出て行って欲しかったのか。
 

 そうか、そうですか、せいぜいそのカッコイイ神父さんとお幸せに。
 

 いっその事、『俺も神父になってその教会に居座ってやろうか』と思いながらも、そそくさと教会から出て行ってやった。
 

 今思うと、もう少しの間あの教会の世話になって、あの二人に迷惑かけてやればよかった。
 

 どうせ目的のある旅じゃない。いい暮らしが出来るなら、本当にあの教会の神父になってもよかった。
 

 一応、剣士をやってはいるが、素人に毛がはえたようなもので、一人でモンスターハンターをやっていくのは無理がある。
 

 パーティーを組むという方法もあるが、そうするとその人数分報酬も減るわけで、全員に十分に分け前が行く仕事を選ばなくてならないわけで、報酬の高い仕事には危険が付き物なわけで、その危険に対応するほどの能力がない俺とパーティーを組んでくれる人はいないわけである。
 

 小さな仕事をコツコツやっていくと言う手もあるが――――というか、初めはみんなそうしているのだろうが――――俺はそんなチマチマした事はしたくない。
 

 結局、俺はモンスターハンターには向いてない。
 

 でも、他にやりたいことも無い。だからやりたいことが見つかるまで、俺はこうして世界を旅して回っている。
 

 今まで心惹かれる仕事はいくらでもあった。
 

 騎士、パン屋、船乗り、コック、どれも魅力的だ。ああ、それから神父も。
 

 でも、どうしても、何かが足りない。魅力的だと思っても、それになろうかなと思っても、何かが足りないのだ。
 

 ぶらぶらと旅を続けている間、俺はその何かについて考えようとした。
 

 でも、旅をしている間はその何かが満たされていた。
 

 だから、きっと、俺は歩くのが好きなんだ。そうに違いない。なら、歩く仕事をしよう。
 

 例えば、そう、狩人なんてどうだろう。モンスターより数段弱いただの動物が相手だし、もしかしたら俺の秘めたる力は弓にあるのかもしれない。俺の華麗な弓さばきで次々に動物を射止め、毎日肉を食うのだ。
 

 近くの町にも売りに行って、売った金でパンやスープを買う。肉にパンにスープ。なんて豪華な食卓なのだろう。
 

 顔がにやけ、また涎が出てきた。
 

 ここで気づいた。空腹を忘れるために回想と空想に浸ったと言うのにいつの間にか食べ物の事ばかり考えている。
 

 涎を拭い、頬を両手で叩く。
 

 思ったより強く叩いてしまい、赤くなった。
 

「それにしても、もう三日も歩きっぱなしなのに町が見えてこないな。もしかして迷ったんじゃ・・・・・・。いやいや、俺はちゃんと地図どおり進んできた。地図に載ってる森もさっき抜けたばっかりじゃないか。もう少し歩けばスワイとかいう町が見えてくるはずだ」
 

 そう自分に言い聞かせながら早足で歩く。
 

 早く町に着いてまともな食事にありつかないと、自分の腕にかじりついてしまいそうだ。
 

 あ、でも、金が無いんだった。どうしよう。
 

 まぁ、そんなもの食ってから考えればいいか。
 

 怒られるのは嫌だけど『食った分働け!』と言われたら、それはそれでバイト先が決まるわけだし、いい事だらけだ。でも、牢屋にぶち込まれるのだけは勘弁して欲しい。
 

 いや、だけど、それはそれでしばらく食事にありつけるし―――と、町が見えるまで約一時間、空腹を紛らわせるためにこんな事をずっと考えていた。

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