値引き交渉どころか喧嘩の仲裁すらうまくいった例の無い俺が、いきなり子供のドラゴンに対し生と死というものを説かないとならないというのか?
 

 無理だ、まず、無理だ。
 

 とはいえ、女の子から向けられる脅迫混じりの視線に逆らうなんてことが出来るわけも無い。仕方なく、失敗覚悟でチビドラゴンの説得を試みる事にした。
 

 「あのな、チビ、よく聞いてくれ。世の中は不思議なことに形あるものはいつか全て壊れてしまうんだよ。それは誰にも変える事は出来なくてな、当然この女の子にも無理だ。だからな、何というか、無理な物は無理でな、俺に出来ることといえば埋葬してやるくらいなんだよ。火葬は・・・・・・いや、こんな大きなドラゴンを燃やす事なんて出来ないか。土葬も難しいな、こんなに大きな穴を掘るのに何日掛かるか。水葬も・・・・・・海は遠いし運ぶ手段がない。あれ? 結局俺に出来ることって何も無い?」
 

 自分でも何を言っているか分からなくなる一人語りをキョトンと聞いているチビドラゴン。途中で話が逸れた事へ呆然としているわけでも無さそうである。
 

 「ちゃんと聞いてるか?」
 

 「キュウ?」
 

 俺の問いかけにチビドラゴンは小さく首をかしげた、どうやらコイツ、言葉がわからないらしい。言葉が通じない相手をどうやって説得しろというのか。
 

 これはチビドラゴンに説き伏せるより、女の子に許しを請う方が容易だろう。場合によっては女の子の怒りを買いカチンコチンに凍りつかされる可能性もあるわけだが、意味不明理解不能な言動でチビドラゴンを恐怖させてしまいフレイムブレスでもかまされ真っ黒けにされるのも大して変わらない。
 

 可愛い外見とは裏腹の凶暴な性格、女の子とチビドラゴンは似ているなと、どうでもいい事を考えながら女の子に向き直ろうとした時、ドラゴンの腹部付近の地面に見覚えのあるものを見つけた。
 

 「この石・・・・・・」
 

 拾い上げたそれは俺が先ほど蹴飛ばした石。その石は先ほどと違い全体が真っ赤に染まっており、今や俺の血がどの部分に付着していたかわからない。
 

 ああ、そうか、コレか。コレが原因でチビドラゴンは怒っていたのか。
 

 俺が闇に向かって蹴っ飛ばした石が偶然にもドラゴンに当たってしまったのだろう。あの強靭な皮膚だ、もし生きていたのなら本人は気付きもしなかったかもしれない。実際、この石が傷をつけた形跡は皆無なのだが、こんな状態でいきなり石をぶつけられたのだ、ドラゴンとチビドラゴンの関係はわからないが、親しい仲なのは確かで、チビドラゴンが俺に向かって怒るのも無理は無い。
 

 先ほども言ったが、石がぶつかったのは偶然だ、故意じゃない。とはいえ、俺が全く悪くない訳ではなく、ここは謝るのが筋だろう。
 

 「コレ、俺が蹴った石だよな? ・・・・・・ゴメン」
 

 チビドラゴンに向き直り素直に謝る。
 

 「でも、わざとじゃないんだ、信じてくれ」
 

 そっとチビドラゴンに向かって手を差し出す。
 

 「だから、な? 仲直りし―――」
 

 「ガブ」
 

 慣れた擬音、慣れない痛み。
 

 「ガ・・・・・・ブャアアアアアアッ!?」
 

 俺が差し出した手を険しい表情で容赦なく噛み付くチビドラゴン。
 

 さっき自分で言ったのを忘れていた、コイツは言葉を理解出来ないのだった。俺がいくら謝ろうと何と言っているのか分からないのでは意味が無い。
 

 せっかくチビドラゴンが俺を嫌う原因が分かり、仲直りとまでは行かなくとも和睦への糸口が見つかったと思ったのに。苦痛と悲しみに暮れながら腕を引くと、意外や意外にチビドラゴンは簡単に放してくれた。俺の誠意が少しでも通じたのかもしれない。
 

 唾液だらけの手を乾かそうと振りながら、女の子の元へと駆け戻る。
 

 「無理でした」
 

 ナハハとニヤけながら結果を報告するが、女の子の評価はやはり厳しく、その冷めた視線は『役立たず』『何をやっていたんだ』『もう消えろ』と、まさにそう言っているようだった。手厳しい。
 

 どんな処罰が待っているのだろうと無駄に想像力を働かせ冷や汗を流しながら引きつったニヤけ顔を続ける俺を置いて、女の子はゆっくりとチビドラゴンに向かって歩みだした。チビドラゴンは全く警戒の姿勢を見せず、逆に何かを期待しているような眼差しを女の子に向けている。
 

 「・・・・・・」
 

 女の子は、それを知ってか知らずか、そっとチビドラゴンを抱き上げる。そして、そのままドラゴンに背を向け歩き出した。
 

 「キュウ! キュウキュウ!」
 

 ドラゴンから遠ざかる女の子に抗議の声を挙げるチビドラゴン。だが、女の子はその声に全く耳を貸す様子はない。今までの経緯からあまり好きとは言えないチビドラゴンだが、不憫に思わないわけでもない。森を抜けるのならチビドラゴンまで連れて行く必要があるのだろうか?
 

 あるとすれば、それは今までの女の子の行動と大犯罪者と言う肩書きからは考えられない事なのだが、チビドラゴンのためだろう。
 

 親を失ったチビドラゴンが、この森で生き延びられる可能性は非常に低い。確かにドラゴンはとても強力な生物だが、幼年時の力は中級モンスター以下なのである。低級モンスターと一対一ならばまず負けないだろうが、三匹いれば苦戦、五匹もいれば負けてしまうかもしれない。自然の世界は弱肉強食、負ければ当然その場でムシャムシャパクパクだ。
 

 そして、自然死ではないドラゴンの死。それはドラゴンより強い何者かがこの辺りに居ると言う事である。たとえそれが人間だろうが―――その可能性は限りなく低いが―――なかろうが、このチビドラゴンにとって脅威である事に変わりない。それを理解し、女の子はチビドラゴンを連れて行こうとしているのかもしれない。
 

 でも、罪状は忘れたものの、大犯罪者である女の子がチビドラゴンを助ける理由があるのかどうか、どうもそこが納得いかない。人情が残ってる可能性・・・・・・? 美化しすぎだ、そんなものが残っているはずがない。もし残っていたのなら、俺にもう少し優しくしてくれたはずなのである。・・・・・・ああ、そうかわかったぞ、なるほど理解した。たとえ子供のドラゴンであろうとその身体のパーツ一つ一つが貴重な薬や武器の材料になる。つまり高く売れるわけだ。たぶん、女の子はこのチビドラゴンを売っぱらおうという目論見なのだ。子供だろうと容赦の無い冷血非道な趣、流石は大犯罪者である。
 

 一人で勝手に納得したところで、ついに女の子に抱えられたチビドラゴンが本格的に暴れだした事に気がつく。まだ短いが、鋭く尖った爪が細く白い腕を引っ掻き、絶大な攻撃力を我が身を持って証明している牙が女の子の肩に食い込んでいる。熟練のモンスターハンター(俺)だろうと喚きまわるほどの痛みなのだが、それでも女の子はチビドラゴンを放さない。
 

 俺が解説を続ける間にも、腕と同時に引き裂かれボロボロになってしまった黒いローブに鮮血が染み込み続ける。非常に痛々しい。
 

 「な、なぁ、ほっといてもいいんじゃないか?」
 

 女の子が横切る間際に引きつった声をかける、同時に表情も引きつっていただろう。
 

 「・・・・・・」
 

 聞きそびれるはずの無い言葉へ無言の返答が来る。
 

 覗き見た女の子の表情は、初めてこの女の子を見た人が『ちょっとだけキツイ顔つきをしている美少女』と思う程度だが、苦痛にゆがんでいる。やっぱり痛いようだ。
 

 「キュイ! キュウキュウキュウ!!」
 

 ドラゴンから大分離れたためか、拍車をかけるようにチビドラゴンが更に暴れだす。
 

 「・・・・・ッ!」
 

 傷口を更に抉られ、ついに痛みに耐え切れなくなったのか、女の子はチビドラゴンを放した。チビドラゴンはそのまま俺を横切りドラゴンの元へと駆け戻って行く。
 

 ちらりと女の子を見る、『止めろよ』とでも言いたげな目をしていた。ごめんな、どうせ分け前を貰えるわけでもないだろうし、俺は早く森を抜けたいんだ。
 

 「キュウ! キュウ!」
 

 チビドラゴンはドラゴンの前まで来ると、こちらに振り返り威嚇をしてくる。『どこかへ行け』と、そう聞こえた気がする。
 

 それでも女の子は、腕から指の先まで、ダラダラと真紅の液体を流しながらチビドラゴンへと向かって行く。
 

 「あーあ・・・・・・傷薬ならあるけど使う?」
 

 女の子が横切る間際に、白い腕を真っ赤に染め上げた液体が流れ出るグロテスクな傷口を又も引きつった顔で見ながら声をかけるが、女の子は首を小さく振った。
 

 酷い話ではあるが、今残っている傷薬はかなりの高級品で、三日分の食費を削ってでも『もしも』の時のために買って置いたものなのだ。教会の神父に隠し通すのも苦労した一品で、実は頷かなかった事に少しだけホッとしていた。
 

 「キュウ! キュウ!」
 

 女の子が一歩、又一歩とチビドラゴンに近寄るたび、チビドラゴンは女の子を威嚇する。だが、先ほどと同じく女の子は全く怯まない。そして、今度は何の意地か、チビドラゴンも近寄ってくる女の子に威嚇をやめることはない。
 

 例え、女の子に戦う意思が無くとも、このまま距離を詰めれば確実にチビドラゴンは攻撃を仕掛けてくるだろう。チビドラゴンの攻撃なんて高が知れているが、それでもこんな所で騒げば、モンスターが寄ってくるかもしれない。
 

 そこまで考え、慌てて女の子を止めようとしたその時―――
 

 「!?」
 

 森がざわめいた。

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