人生には転機と言うものが必ずあると言う。実際、俺にも何度かその転機が訪れた事がある。
 

 目の前で美女が酔っ払いに絡まれていたり、盗人が大富豪の家に忍び込んだと言う情報を聞いたりと、色々あった。
 

 きっとあの時美女をいち早く助けに入っていれば、助けに入ったあの剣士のように俺はその美女と結ばれ、末永く幸せに暮らしていたに違いない。あの時俺も盗人を探していれば、あの賞金稼ぎのように左腕骨折と引き換えに盗人を捕まえる事ができ、報奨金で一生遊んで暮らしていたのだろう。
 

 でも、俺は今までその転機を悉く逃してきてしまった。『面倒臭い』『俺には関係ない』という、その場の感情に流され、全て逃してしまった。
 

 あの時ああしていればと、いつも後悔しながら過ごしていた。
 

 だから、今度こそは転機を逃さないようにしようと心に誓ったのだ。
 

 そして、俺にまた、転機が訪れた。
 

 メリルと出会った事だ。
 

 こんな美少女と二人っきりで―――ああごめん、シギとチドも居るんだった。とにかく、人間は俺とメリルという美少女二人っきりだ。二人っきりで、少しの間だが、長い長い旅をするんだ。
 

 きっとこれから、今までに無いほど楽しい事、嬉しい事、ちょっと恥ずかしいハプニングなど、そんな事がどんどん起こるんだ。
 

 だって、今度は転機を逃さなかったのだから。
 

 でも、人生の転機とは良い方向にのみ変わるわけじゃないと誰かが言っていた。選択を間違えれば一瞬にして首が飛んだり、心が壊れたりするものだと。
 

 実際に、メリルは悪い意味で普通の人間じゃない。そりゃもう、普通すぎる俺とは全然違う。そんな人間と一緒に居て、俺に幸福が訪れるのかと問われても、きっと答えられない。
 

 それでも俺は信じている。メリルがどんなに悪い人間であろうと、あの時俺が下した選択は必ずハッピーエンドに繋がっていると。
 

 ・・・・・・信じているとも。

 

 

 

 

 今日も今日とて空は青い。雲が白い。太陽も眩しい。
 

 澄んだ空気の中、いつもと同じように開拓されていない道の草を踏みしめながら歩いている。
 

 でも、違う所もある。
 

 ちょっと前を、パートナーと言うには無愛想すぎる、ボロボロの真っ黒いローブを纏った女の子が歩いていると言う事だ。彼女―――メリルの後にただ黙ってついて行く俺は、傍から見ると腰巾着にしか見えないだろう。
 

 そして、メリルの横を堂々と四足で歩いている小さなこれまた真っ黒い生物は、今や絶滅危惧種となっているドラゴンの子供、チドだ。正直に言ってしまうと、無邪気にメリルの足に頬擦り出来るアイツが羨ましいと思わないことも無い。
 

 「マスター・・・・・・」
 

 隣には誰も居ないはずなのに、真横でちょっとだけ軽蔑したような女性の声が聞こえた。俺の思考を勝手に読み漁り何処からとも無く聞こえた声の主は、俺の腰に差してある白銀の剣―――シギだ。 

 「あんまり思考を読み取らないでくれ、恥ずかしい」
 

 シギの声色からだろう、女性と言うイメージがあり、あんな事やこんな事を常日頃考えていると言うのがバレたら、恥ずかしくて堪らない。
 

 せめて男性の声ならば、これから先そういう話で盛り上ったりも出来るのだろうが、姿形は剣だろうと声は女性、やっぱり上がってしまう。
 

 「ですが、私はマスターの記憶の読み取りを完了していますよ」
 

 淡々告げられたその言葉は、俺のプライバシーなど一切気にしていない物だった。
 

 いや、問題はそこじゃない、プライバシーも大事だが、どうして俺の記憶を読み取れるのかと言う事の方が大事だ。シギが人の思考を読むことが出来るのは証明されているが、記憶までも読み取れるものなのだろうか。
 

 思考を読み取る生物と記憶に潜り込むを技は別物だ。いくら思考を読み取れても過去の出来事を覗く事は出来ないし、記憶に潜り込めても現時点の思考を読み取ることは出来ない。どちらも人間が習得するのは無理だと言われている。
 

 喋る剣と言うだけでも珍しいのに、ここまで人間に干渉できる剣と言うのは片手で数えられるほどしかこの世に無いんじゃないだろうか。単に、俺が世界を知らなさ過ぎるだけかもしれないけど。
 

 「じゃ、じゃあ、アレやコレも全部知ってると・・・・・・?」
 

 ちょっと顔を赤く染めながら、知られたくない過去の出来事を思い出し、本格的にシギと別れる算段をする。これ以上恥を掻いたら高熱で死んでしまいそうだ。
 

 「アレやコレとはどのような事かわかりませんが、大抵の事なら全て読み取ってあります。ですが、最低限のプライバシーは守っているつもりです」
 

 どうやら、昔女性のスカートの中を覗こうとした事や洗濯物をジッと見続けた事を知られて居ないようだ。
 

 「それは知っています」
 

 冷静に、でも少し、強く言われた。何が『プライバシーは守られている』だ。全然守られてないじゃないか。もう嫌だ、恥ずかしい。
 

 「気にする事はありません。人間の生態については良く理解していますし、武具と持ち主は一心同体なのでしょう?」
 

 平然とした物言いなのに、何故か蔑まれているような気がした。気のせいだと思うことにする。
 

 まだ、出会ってから二日と経っていないのだが、こういうところは妙に人間臭く感じる。少なくとも、メリルよりずっと普通の人間っぽい。
 

 メリルならば俺がどんな思考をしていようが一切気にしないのだろう、『男はそういうものだから』と割り切っているわけでもなく、文字通り気にしないのだろう。でも、自分以外に全く興味が無いと言う訳では無いと思う。チドを助けた事が何よりの証拠だ。興味が無いとすれば、多分、それは俺になんだろう。
 

 そういえば、メリルの目的も目的地も俺は知らない。
 

 周りは草原。何処までも広く、人っ子一人いない、何処にも町など見えない、果てしなく続くただの草原。メリルは一体何処に向かおうとしているのだろう?
 

 もしも、メリルの罪状が窃盗だとすれば、当然目的も窃盗となり、目的地は町と言う事になる。そうなると、俺はいち早く町に辿り着く事が出来、通常の生活に戻る事が出来るわけだ。一番良い結果だ。
 

 でも、その可能性は低そうだ。
 

 一直線に歩いているのなら、目的地がしっかりしているとも思えたのだが、メリルは結構ジグザグに動いている。三叉路があったと思えば迷わず右に進み、またも三叉路があると今度は左に進み、またまた三叉路に到達すると今度は直進したりする。
 

 どう考えても、この歩き方は目的地が決まっている物ではない。それどころか、メリルに方向音痴疑惑が持ち上がる。もしかしてコイツ、地図を持っていないんじゃないだろうな?
 

 不審な眼差しでメリルを見続けていると、唐突に振り向いた。慌てて俺も振り向いてみる。誰もいないし何もない、つまり、俺の如何わしい視線を感じ取られてしまったわけだ。
 

 何と言い訳しようか考えながら振り返るが、もうそこにメリルはいなかった。少し先の大木に背を預け座っているのだ。
 

 この気分屋の行動にも大分慣れてきてしまったが、やっぱりもう少しコミュニケーション力を身につけて欲しいと思いながら、早足でメリルに近づいた。
 

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