生命の危機に晒されると、人間は通常以上の能力を発揮する事が出来る。
 

 世界に名を轟かせてもおかしくない愛剣を持ちながらも、普段は中級モンスター一匹倒すのがやっとな俺が、ここまで生き延びてこられたのも、一向に止まってくれる気配を見せないメリルを、長距離走が得意なわけじゃないにも関わらず全力疾走で二十分近くかけ、やっと追いつけたのだって、きっとその火事場の馬鹿力と言うヤツのおかげなのだろう。
 

 「放せ! 戻れ! 死ね!」
 

 でも、それもいい事ばかりでは無いようだ。
 

 火事場の馬鹿力を使用する際には、とても高い集中力が必要になるのだ。途中に金貨が落ちていようと、モンスターが唸りをあげながら俺を狙っていても気が付かない、周囲に一切目も耳も向けれないほどの集中力が必要不可欠だったのだ。
 

 「聞いてんの!? 早くさっきの木まで戻りなさいよ!」
 

 だから、手に掴んだ自称妖精を放り投げるのを忘れてしまっていたとしても、それは仕方の無い事である。
 

 「おい人間! 聞け馬鹿!」
 

 「だあああぁぁ! 悪かった! 確かにコレは俺が悪かったのかもしれない! でも、今戻ったら今度こそ本当にメリルを見失うから戻れない! 戻るなら一人で戻れ!」
 

 シギに危ないから放すなと釘を刺されていたが、逆切れしながら手の中で騒ぐ妖精を振り返りながら投げ飛ばす。
 

 「わ―――ッ! な、何すんのよ!」
 

 空気の抵抗で減速しながらも、本物の人形の様に手足を投げ出した格好で飛んで行く妖精は、数メートル先で何とか体勢を立て直し、妖精らしくふわふわと浮きながら俺に怒鳴りつけてきた。飛んでいるのに羽根が羽ばたいていないのが不思議だ。
 

 「大体、原因は全てお前にある!」
 

 責任転嫁? 知るか、そんな物。
 

 俺が言っている事は間違ってないはずだ。いや、全てが全て妖精の所為とは言わないが、発端はやはり妖精にあるだろう。コイツが全部悪いとは言わないが、まぁ、やっぱり悪いのはコイツだ。
 

 それに、遠くまで来たとは言ってもここは平地で、あの大樹は十分に見える。道に迷う事も無いし、戻るなら勝手に戻ってくれ。俺もこれ以上、こんな可愛くない妖精と一緒に居るのはごめんだ。夢と希望を壊さないで欲しい。
 

 「アンタが御神木に触れるからいけないのよ! それにここからあそこまで、どれだけの距離があると思ってんの?」
 

 大樹までは人間でさえ溜め息を吐くほどの距離がある。確かに、妖精サイズでこの距離を移動するのは骨が折れるだろう。でもそんなの知ったこっちゃ無い、戻るなら戻れ。
 

 御神木と言うのは、当然あの大樹の事だろう。確かにアレだけ大きければ、それだけ歴史も深く、周囲の人間から崇められてもおかしくは無いが、まさか妖精が崇めているとは思わなかった。でも、ちょっと触れただけで命を狙われるハメになるなんて、信仰が深すぎるのも考え物だ。
 

 「この辺に来たのは初めてだから知らなかったんだよ。ってか、それなら何でメリルを狙わないんだ! 最初にあの木に触れたのはメリルじゃないか!」
 

 さっきまで五、六歩先を歩いて居たが、妖精と無駄話をしている間に又も距離が開き、数十歩先を行く女の子を指差しながら妖精に不平を申し立てる。
 

 「アンタの方が弱そうだったからに決まってるでしょ!」
 

 当然のように答える妖精に俺は愕然とした。
 

 俺の方が弱そうだった? 冗談だろう?
 

 確かに俺は筋肉が発達しているわけでも無いし厳つい顔をしているわけでも無いが、一応男だ。実力はどうあれ、見た目の迫力だけであんな美少女に負けたとなると男として情けない事この上ない。
 

 「だ、だからって殺そうとする事ないじゃないか!」
 

 これ以上その事を考えないようにするため、適当に話を繋げる。
 

 「当然の報いだわ」
 

 軽蔑するような目で妖精が俺を見据えた瞬間、一瞬で空気が変わった。
 

 「あんた達がしてる事に比べたら、当然の報い。因果応報っていうのかしら? あんた達は殺されて当然のことをしているじゃない。あんた達も私たちの命なんてどうでもいいって考えてるんでしょ?」
 

 妖精が言っている事が良く理解出来ない。
 

 妖精の命がどうでもいい? 俺が妖精に会ったのは初めてだし、本当に何とも思っていなければさっき殺していたさ。妖精も人間も、羽根の有無とサイズ以外、大して変わらないじゃないか。言葉だって交し合える。コイツじゃなくて別の妖精と出会えていたなら、もっと良い関係になれただろう。そんな妖精を何とも思っていないだなんて、大きな誤解だ。
 

 やっぱり、シギの脅しが過ぎたんじゃないか?
 

 「全て私の所為にしないでください」
 

 黙っていたシギが反論する。
 

 「それに、何と思われようと構わないのでは? もうここに来る事は無いのでしょう?」
 

 開き直るような発言ではあったが、確かにその通りだ。
 

 ブラックガーゴイルや山火事の忌まわしい記憶から、ここにもどってくることは二度と無いだろう。もう一生会うことも無いだろう可愛げの無い妖精に何と思われようと、困る事は無い。良い気分じゃないけどさ。
 

 「ああ、そうだよ。お前の事なんてどうでもいいよ、バーカ。さっさとどっか行っちまえ!」
 

 持ったままだった針を投げつけながら、今までの仕返しとばかりに開き直って悪態つく。
 

 うまく針をキャッチした妖精は訝しげに俺を見ながらも、その場を動こうとしない。
 

 「行きましょう。後を付けられるのではないかと心配しているようです」
 

 「ああ、なるほど」
 

 さっさと逃げない妖精に、実は何だかんだ言っても人間が好きと言う落ちを期待をしていたが、そういうわけではないらしい。後を付けられ、自分の住処を暴かれるのでも恐れているのだろうか。
 

 「いいか、これだけは言っておくが、妖精なんて食べた事無いからな」
 

 誤解が解けるとは微塵も思っていなかったが、言える事は言っておかないと気分が悪い。妖精の反応を待つことも無く、振り返ってメリルの背中に向けて足を進める。
 

 ―――ゴン。
 

 鈍い音と共に後頭部に衝撃。頭が揺れたのか世界が揺れたのか、視界が揺らめき真っ白になる。足から力が抜けその場に倒れる頃には、俺の意識は無かった。

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