そっと中を覗くが、誰も居ない。首を突っ込み周りを見渡す、やはりここも荒れており明かりもついていなかった。夕日が無ければちょっとした段差にも気がつきそうに無い。
 

 耳を澄ますが、足音どころか風の音もしない。
 

「あのー・・・・・・」
 

 小さな声で呼びかける。返事は無い。
 

 街中でなら誰にも届かず喧騒に消え入るような声だというのにやけに響く。
 

「おーい」
 

 今度は普通に呼びかける。やはり返事は無く、自分の声が響くだけ。
 

 風の音だったのだろうか。人間にせよ動物にせよ、それなりの音を立てるはずだ。 ここまで何の音もしないとなると、ゲル状のモンスターの可能性が高い。
 

 あの音はそのモンスターが何かに当たったのかもしれない。
 

 逃げようかとも思ったが、食糧を見つけていない以上、まだもう少しこの町に居る事になる。モンスターならモンスターで、隙をついて早めに倒しておくほうがいいと思い、宿の中にそっと足を踏み入れる。
 

 ギシギシと床が鳴る音、スッと剣を抜く音、そんな聞きなれた音がやけに大きく聞こえる。
 

 さっきの音が人間と動物の仕業である事を除外し、モンスターの場合にのみしぼり、最適な行動を選択する。と言っても、大した考えはなく『モンスターも村人を食い損ねて腹が減ってるんだろうな』という単純な考えで俺は台所に向かう。
 

 台所の扉も開けっ放しになっていた、中を覗く。
 

「おおッ!!」
 

 思わず声をあげてしまった、モンスターは居なかったが、変わりにたくさんの食べ物が俺を待っていたと言わんばかりに並べられていた。
 

 何種類ものパン、鳥の丸焼き、果物の盛り合わせ、でっかい鍋に入った大量のスープ、ケーキまである。
 

 どうやら何かのパーティーの準備をしていたらしい。
 

 ドタドタバタバタ大きな足音をたて料理に突っ込み、とにかく一番近いものから掴み口に放り込んでいく。
 

「モグモグ−−−おお!? こりゃうまいぞ! スープも濃厚でうまい! この肉の中には米が入ってるのか」
 

 適当に口に放り込みながらも、ちゃんと味わう。
 

 冷たくなっていたが、十分美味かった。空腹が調味料となり美味く感じただけかもしれないが、それでも美味いことには変わりない。涙が出そうだ。
 

 ―――コツ。
 

 後ろで足音がした、何かが居る。パンを咥えたまま硬直してしまう。
 

 そういえばモンスターがいるんだった、何でそんな重要な事を忘れていたのだろう。
 

 自分で言うのも何なのだが、俺は他者の感情に疎いところがある。だからと言うか、後ろからの視線が、単なる殺意というより憎しみが向けられているような気がするのだ。まず、そんな事がある訳ないのだが。
 

 モンスターが憎しみという感情を持つ事が無いわけじゃない。そりゃ、傷を負わされたり仲間を殺されたりすればモンスターだって傷つけた相手に対し怒りや憎しみを抱く事もあるのだが、大抵のモンスターからすれば人間なんて皆同じようにしか見えない。
 

 そして、俺が傷つけることのできるモンスターは低級モンスターくらいで、あいつらには人間なんて皆同じ顔にしか見えないだろうし、その場その場で怒りや憎しみを抱いても、復讐という概念があるのかは疑わしい。
 

 可能性としては、高級モンスターが何らかの理由で人間に対し憎しみを抱き、手当たり次第に人間を虐殺しているというケースも聞いたことはあるが、一番考えたくない事態だ。そうなると、後ろにいるのが何千何万人も殺している凶悪モンスターという事になるのだから。
 

 ―――コツ、コツ、コツ、
 

 夕日が沈み、今度は薄い月明かりが差し込んでくるのがわかる中、そいつはゆっくりとこちらへ近づいてくる。足音からして二足歩行のようだ。ゲル状のモンスターだと思ったんだが・・・・・・、いやいや、そんなことはもうどうでもいい。考えなければならないのはこの状況をどうやって打破するか、だ。
 

 ・・・・・・何で固まってしまったのだろう。気がつかないふりをしていれば反撃のチャンスもあったかもしれないというのに。いや、それ以前に何で台所まで来てしまったんだ、返事が無かった時点で逃げればよかったのに。いやまて、まずこの町に来た事自体・・・・・・。
 

 ダメだ、考えなければならないのは生き延びる方法だというのに、考えれば考えるほど後悔する。このまま考え続ければいずれ生まれてきた事すら後悔してしまいそうだ。
 

 ―――コツ、コツ、コツ・・・・・・。
 

 そいつは俺の真横で止まった。
 

 気配からして背は俺の肩より少し下辺り。何だ、結構小さいな。でも、小さいほうが敏速に動けるし、不意打ちの成功率も高い。暗殺には子供が最適だと言われるくらいだ、侮れない。
 

 机に放り投げた剣を手に伸ばそうと考えるが、やはり身体が動かない。
 

 目だけを横に向けると長くサラサラとした銀色の毛が見える、まるで髪の毛のようだった。・・・・・・ん?いや、これは髪の毛か?髪の毛のある高級モンスターもいるけれども、コレはもしかするともしかするかもしれない。思い切って恐る恐る首だけ動かし横を向く。
 

「お、女の子・・・・・・?」
 

 人だった。女の子だった。かわいい子だった。
 

 ん? この子・・・・・・どこかで見たことのあるような気がする、気のせいだろうか。
 

 歳は俺より下だろう、村にこういう子がいたらちょっとしたアイドルになっていそうだ。ただ、かわいいことはかわいいのだが、恐ろしいようで悲しい、悲しいようで無情な、よくわからないが人を寄せ付けない雰囲気をまとっていた。単に人を見る目が無いだけなのかもしれないが。
 

 女の子は黙々とパンを自分のバッグにつめている。当然俺がいることがわかっているだろうが、完全に無視されている。
 

 相手が普通−−−こんな奇怪な町にいる時点で普通じゃないかもしれないが−−−の女の子だと言う確証はないが、少なくとも攻撃を仕掛けてくる気配が無く安堵の溜め息が漏れる。同時に身体の硬直も解けた。
 

「えっと、この町の人?」
 

 少し緊張しながらも身体ごと女の子のほうを向きながら声をかける。
 

「・・・・・・」
 

 女の子は喋らない。
 

 小さな声で喋ったつもりは無いのだが、聞こえなかったのだろうか。
 

「この町どうしたんだ?君以外の人がいないのはどうしてだ?」
 

「・・・・・・」
 

 しつこく声をかけてみるが、返事どころかこちらを向こうともしない。

 無視だ。無視されている。少しムッとした。
 

 今までにも、こういう無口で気難しそうな人に何度も会った事があるので、普段ならそこまで気にせず去るのだが、今は非常時だ。どんな人だろうとむりやりにでも情報を聞きださなければ。
 

 こういう人を相手にするには、まず、そうだな、何でもいいから会話を弾ませる事が大事なのだ。そう、まず身近な事から会話を進めよう。
 

「あの〜、え〜っと、その〜」
 

 とにかく声を発してみたものの、後が続かない。
 

 そんな挙動不審の俺を女の子は全く気にしてないようで、黙々とパンを鞄に詰め込みつづける。
 

「・・・・・・このパンおいしいぞ」
 

「・・・・・・」
 

 手に持っていた、チョコがまぶしてあるパンをかじってみせる。無視。
 

「そ、そうだ!この肉の中にさ、米が入ってるんだ。肉汁が沁み込んでておいしいぞ」
 

「・・・・・・」
 

 テーブルに置かれている鶏の丸焼きを指さす。無視。
 

「ほら! この果物! 変な形だけど果肉甘くてうまいんだ」
 

「・・・・・・」
 

 近くにあった果物を一粒とって食べてみて見せた。やはり無視。
 

 もう疲れてきた。
 

 何でよりによって、こんな非常時にこんな非情な子に会うハメになったのだろう。こんな時、ライがいたらいいように話を進めてくれそうなのだが・・・・・・、いや、相手が女性の場合、アイツは目的の達成よりまず口説きにかかるだろうな。
 

 仕方が無いので溜め息をつきつつ、暗くてよく見えないが、月光だけを頼りに女の子に注目する。薄汚れてはいるが、旅人が好んで着る軽くて動きやすく、肌を傷つけないように露出の少ない丈夫な服。長距離を歩き色褪せ磨り減った靴。魔力の資質が無い俺にでもわかるほど異様な気配を放つ、女の子の胸あたりまで大きさがある魔術師の杖。白い肌や銀色の髪は綺麗だったが、身なりからしてどうやら俺と同じ旅人のようだ。
 

 パンを袋一杯に詰め終わった女の子は俺を無視して部屋を出て行こうとする。
 

「ちょ、ちょっとまって!」
 

 俺の声には耳をも貸さず、女の子は台所を立ち去った。
 

 本当に無愛想なヤツだ。
 

 この非常時に何を考えているんだか。
 

 異常な状況に何も感じないのだろうか。いや、もしかしたらあの子は今何が起こっているのかも、その対処法も知っているのかもしれない。それで一人だけ冷静で・・・・・・。いやいや、流石にそんなに冷酷なはずがない。考えすぎだ。
 

 とりあえず、俺もバッグと口いっぱいにパンを詰め、手にも持てるだけパンを持ち、女の子のあとを追う。

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